さよなら4月

| コメント(0)

自分を見つめなおした4月。

自分は何が得意て何が苦手なのか。今の私に足りないことは何か。

しっかりと見つめた気がする。


その見つめ直すしっかりした機会を与えてくれたのが青木調さんのリサイタル。

青木さんは現在NHK交響楽団のヴァイオリニスト。彼女の事は学生時代から知っている。

日本音楽コンクール、日本国際コンクールと入賞している彼女のリサイタルで

ピアノを弾かせていただくのは初めてだ。

モーツァルト、ヤナーチェック、シューマンを弾いたが、

今回一番苦労したのはモーツァルトだった。

迷ったら原点に帰れみたいな感じで迷った私は文字通り原点に帰ったような練習ばかりを繰り返した。

そうすると見えてくるものがある。

やはり枝葉ばかりに目を奪われていてはいけない。

しっかり根と幹を太くしていくと、突然自由になる日がやってくる。


その三日後に弾いたのはショスタコービッチのピアノトリオ第2番。

素晴らしい曲だ。

その曲の音の厚みやトリオの3つの楽器のバランスが抜群だ。

ppからffまで音量の変化が激しく、厳しいテンポの上に続く特徴的なリズム。

その響きからどんどんとイメージが湧いてくる。

本番は高い集中で弾けたせいなのか、本当にあっという間に終わってしまった。


4月はたまたまベーゼンドルファーを弾く機会が多かったが、

今日のショスタコービッチを弾いた会場はスタインウェイだった。

調律は信頼している友野さん。

彼と私のコンビだとスタインウェイを弾いてもどうやらベーゼンドルファーの音になるらしい。

不思議だな。自分の音を会場で聞いてみたいな。


さて、明日から5月。

一年で一番好きな5月。

そして今年の5月は「特訓の月」と決めている。

6月のリサイタルにむけて、5月は準備はもちろん基礎力と集中力アップのトレーニング強化をするんだもんね!

ピアノって本当に素晴らしい。やればやるほど好きになる。

知れば知るほど難しい。




ブラームス ピアノ五重奏曲

| コメント(2)

みなとみらいクラシッククルーズへの出演は今年で3回目。

毎回、平日の時間帯なのに本当に大勢のお客様に感激と感謝でいっぱい。

そして毎回、充実したプログラムで弾き手も楽しみなコンサートだ。


今回はブラームスのピアノ五重奏曲。

よく知っている曲なのに弾くのは初めて。

基礎練習のおかげでブラームスへの劣等感はなくなりつつある。

必死で広げた手で固い音にならないように豊かな深い音になるように細心の気を配る。

とにかく曲のイメージや求められる感情を大切にしていこうと誓う。


リハーサルで感じたことを修正したり確認したりして臨んだ本番は

集中していたせいかあっという間に終わってしまった。

しかも最近、自分の演奏がどうだったかが全くわからないのだ。

やることはやった。出せる力は最大限出そうとした。

ふぅ・・・っと終わったと思うだけで、よし!ともダメだ、ともわからない。

頑張ったけど、いったいどうだったのかしら??と不安になるだけ。

でも、どうだったかはそれぞれの聞いた方が感じればいいのだ。


神奈川フィルの首席メンバーとの室内楽は毎回刺激がいっぱいだ。

vlの石田さん、vlaの柳瀬さん、vcの山本さん、今回はvlのとびきり若い鈴木さんも一緒だ。

皆、本当に素晴らしくて一緒に弾ける事が誇りでいっぱい。感謝でいっぱい。

何も言わなくても音楽がどんどん一つの方向に向いていくのが楽しくて仕方がない。

何も言わなくてもお互い聞き合って理解してくれることの何と多い事か!!

もちろん話して納得することもあるし、なるほどと思うアドヴァイスもある。


そして何より素晴らしいと思える事。

それは一緒に弾く度に、聞く度に、それぞれが成長してうまくなっているということ。

こんな素晴らしいことがあるだろうか!!

こんな刺激があるだろうか。


幸せってこういうことだと思う。



天空の森音楽祭

| コメント(0)

天空の森音楽祭が終わった。

鹿児島にある霧島の山の中の天空の森。

そこにいると本当にそこは天と空のための森。

この自然が何よりのここの自慢の一つだろう。


そこで一週間籠りきりになり、コンサートをした。

ソロからデュオ、ピアノクインテットからチェンバまで、実に様々な曲を弾いた。


何よりよかったのは、自然の中にいたことだ。

一日弾いても全然疲れない。休憩時間に外に出て緑を見ながらぶらっと歩くと疲れなんてふっとんでしまう。

太陽の光をいっぱい浴びたり、嵐のような日には山ごと揺れているような感じがしたり、人間は自然の中に存在しているちっぽけな生物と痛感する。

自分の中からストレスとか余計な感情がどんどん抜け落ちていくのがよくわかった。

嬉しいなぁ。3月が色々思い悩みながら苦しい練習の日々を過ごしていたので、

私の心は何も迷わずに純粋に音楽に没頭していいのだよと背中を押されたように楽になった。


朝から薪で炊いたご飯をいただき、朝穫れたお野菜をいただき、産まれたての卵をいただき、

元気にならないはずがない。

都会人の私にとっては何よりの喜びだった。


そしてスタッフの方、いらして下さったお客様とのふれあいも、旅の大きな楽しみ。

実に充実した一週間だった。


そして最も私の心に強く残った事。

どこでも、どんな環境でも、とにかく最大限のエネルギーで演奏すること。

結局、伝わるか伝わらないかはそのなのだと思う。

その「最大限のエネルギー」を出せるための準備をおこたってはいけない。

練習もそうだし、心の持ち方も大切だ。

圧倒的な表現力を目指して、次回はもっともっと皆に喜んでほしい。


非日常を体験することは、本来の自分自身を発見出来ると思う。

その非日常とは環境を変えることだったり、知らない人とふれあうことだったりするのももちろんだが、

音楽などの芸術にふれることもその一つ。

でも圧倒的な表現力にふれないと非日常の体験にまではいかないのではないか。


聞いた人の人生が変わってしまうくらいの演奏を目指していかなければ!と強く心に誓った。



この音だ!

| コメント(0)

今年は京都フランスアカデミーにイヴァルディ先生がいらしているというのに、

期間中に会いにいくことも出来ずにがっかりしていたある日、

リハーサルが一つキャンセルになり、3月31日がぽっかり空いた。

こ、これは!!

4月1日から天空の森音楽祭のために鹿児島入り。

3月31日はイヴァルディが下関でコンサート。

こ、これは!!


でも、調べてみたら下関といえ、川棚温泉というところで、下関からまたまたぐっと入っていく。

7時間くらいかかるじゃないか!さすがに今回はムリかな、でも・・・

などと自問自答を繰り返したが、人生であと何回イヴァルディのあの音を聞けるのかと思ったら

やっぱり聞けるものは絶対に聞かなければと下関行きを決めた。

一泊して次の日は念願の九州新幹線にのろう!


行きの新幹線ではイヴァルディが私の顔を見たらなんて言うかな?とか、

どんな音が聞けるかなとか、色んな想像をしていたら山口までがあっという間だった。

こだまに乗り換える新山口まであと数分。荷物もまとめコートを着て・・・その時、電車がぴたっと止まった。

ん??

「只今連絡が入りましてビニールが架線にひっかかっているとのこと。詳しい情報が入りましたらご連絡致します。」

やきもきする事数分たっても同じアナウンスばかり。

10分、15分、と時間はいたずらに過ぎていく。

20分経ったとき、間に合わないかもと不安を感じた。

イライラしていた気持ちが祈る気持ちに変化していく。

45分たったときに「只今、作業員が現場にむかっております」

えーーーー。

だめだと思った。間に合わないのはもう決定だ。私は7時間もかけてイヴァルディを聞きにいくのよ!

だからせめて後半だけでも聞きたい。

1時間過ぎ、1時間15分過ぎ、必死に祈った。

神様、アンコールだけでも一音だけでもイヴァルディの音を聞かせてください!


結局私が到着したのは最後の曲の3楽章だった。

まだ終わってないと喜び、会場に入り、その瞬間だった。

「あぁ、イヴァルディの音だ」

全身の五感を研ぎすませて聞く。

この一音でとりこにしてしまう音は何なのだろう。

それまでの色んな気持ちや大変だったことを一瞬で忘れさせてくれて、来てよかったと思えるのは

彼の力なのか、それとも音楽の力なのか。


その会場の響きはとてもデッドでピアノも古く、彼が苦労して音作りをしているのが手に取るようにわかる。

彼の要求にそのピアノは答えられない。

なのに、いやだからこそ、そのすごさもわかるし、彼がどうやろうとしているかがよりはっきりと聞こえてくる。

これは初めての感覚だった。


イヴァルディは私にとっての完全なオンリーワンだ。

彼なしには私の音楽人生は語れないというほど影響を受けている。

彼に会ったり、ピアノを聞いたり、レッスンを受けたりするのが自分の道の確認のようになっている。

この方角でいいのだろうか、寄り道をしていないだろうか、間違った近道を行っていないか。

毎回、彼は「こっちだ!」と道を示す。しかも言葉ではなく音で示す。



私の顔を見るなり「いったい何時間かかるんだ。遠いしお金もかかるし来なくていいんだよ」と言いながら

暖かく抱きしめてくれたイヴァルディ。

今までで一番短い再会だったが、濃密だった気がする。


あの道へ進まなければ。




「春」到来!

| コメント(0)

3月が終わる。

この3月は精神的に結構きつい一ヶ月だった。

そんなに本番が続いた訳でもなく、どちらかというと4月のコンサートの準備にあてていたのだが、

やはり練習の方がきついのかもしれない。


だんだん春が近づいて来て、一日一日気分も晴れて行くはずなのだが、

今年の3月はそうはいかなかった。

でも、これも成長のための必要な時間だと考えよう。


ところで4月のブラームスのピアノ五重奏が目下楽しみなコンサートだ。

ブラームスの室内楽は沢山弾いたのだが、この有名な五重奏を弾くのは初めて。

学生の頃から何度も聞いていたのですっかり知っているつもりになっていたが、

いざ楽譜を読んでみると「あ~こうなっていたのか!」と思う部分が沢山だった。

素晴らしい曲だ。

私のように細っこい人間が弾くのだが、なるべくブラームスの持つ独特のたっぷりとした芳醇の響きが

出せるようにとにかく音色にこだわって練習している。

このブラームスの「音」は今まで何度となく私を苦しめてきた。

ブラームスは音が多くて私の手だと必死に広げなければいけない。

広げると手が固くなって力で弾いたような固い音になる。

これをなんとしても豊かな音色で弾きたいのだ。


こんなことを考えているうちに桜の季節がやってくる。

今年は4月1日から8日間ほど鹿児島の霧島音楽祭に行く。

どんな毎日になるのか検討もつかないが、東京を離れて少し気分転換をしよう。

鹿児島で桜を堪能しよう。

東京に帰って来てもまだ桜が残っていると嬉しいなぁ。


さぁ、本格的な「春」到来である。



絶対もどりたくない高校時代

| コメント(0)

この3月で卒業する人や4月に新しく入学する人など、春は移り変わりの時。

私の所にも合格、入学の連絡や卒業の挨拶など、たくさんの方が連絡を下さる。


先日、桐朋時代の高校の同級生に会ったときのこと。

色々昔話しで盛り上がったのだが、その中で

「由里ちゃんは本当に優等生だったよね。私は自由が嬉しくて遊んでたから」と言われた。

その言葉を聞いて、人はそう見ていたのかと心から驚いた。


というのも、私の両親は音楽関係とは全く関係なく、子供の頃はどちらかというとのんびりと育った。

まだ空き地や原っぱがたくさんあったので、毎日毎日友達と遊んでいた。

ピアノも好きだったが、「ピアノは好き、練習は嫌い」という典型的な普通の子供だった。

小学5年生くらいの時にたまたま桐朋出身の先生につくことになり、鎌倉の音楽教室にいき、

こんな世界があったのかと思った。

聴音やソルフェージュはよく出来たのだが、いかんせんピアノが下手でオーディションなどはいつも落ちていた。


それでもあまり劣等感をいだかずに幼少の時代をおくれたのは当時の先生の影響が大きい。

当時習っていた伊澤美佐子先生はとても厳しい先生だったが「どんどん上手になるよ」と常に言ってくれた。

今から考えれば「今はまだ上手ではないけれど」という言葉を言わなかっただけなのだが、

当時の私は単純に「そうか、私はどんどん上手になるんだな」と思っていた。


そんなこんなでなんとかかんとか桐朋の高校に入った。

そして感じた。「私って下手なんだ」と。私の人生で初めて現実に直面した時だ。

大学付属の音楽教室からきた子達の華やかさ、都内有名私立中学校からきた子達のおしゃれさ、

コンクールで入賞した子達の堂々とした演奏、たくさんの先生方と知り合いの音楽家2世達・・・

子供のコンクールがあることも知らなかった私は「大変なところにきてしまった」と思った。


自分で言うのもアレだが、中学校などは勉強しなくても勉強が出来た。

だから学校で下の方のレベルにいることに慣れていなかったのだ。

いきなり劣等感を感じた私は朝から夜まで練習した。

全く余裕などなかった。2年生からは学校の近くに下宿をして、朝は5時半から夜は学校がしまる10時まで練習した。

遊んでる余裕などなかった。遊んでる人は余裕を感じて羨ましかった。

授業中は「絶対にこの時間に寝ること!夕方からの練習に集中出来るように」と変な決まりを作った。


そんな態度が優等生に見えたのか~~。

懐かしいけれど、もう二度とあの時代には戻りたくない。

ただ、あの時の必死さが、今ピアニストで活動出来ている要因であることは間違いない。


だから、今から高校や大学に入る方達に言いたい。

入った時なんて全く関係ないよ!

だけど、覚悟してほしい。

音楽家になろうと思うのなら、一生練習しなければならない。

受験前、試験前、コンクール前だけの練習ではプロにはなれない。

たとえなれたとしても、プロになったらもっともっとシビアな練習が待っている。

だからこそ、好きかどうかが大きなポイントになる。


新作ラファエルにびっくり

| コメント(0)

新作ピアノを弾く機会なんてほとんどない。

ちょっとどんなものなのかなとワクワクして臨んだ。


島村楽器が初の自社ブランドRAPHAEL(ラファエル)の新作発表をした。

アップライトピアノなのだがソフトペダルがついている。

そのプレゼンの一つとしてそのピアノを弾いて来た。

だいたいプレゼンに立ち会うこと事態、普段はありえないこと。

しかも出来上がったばかりのホヤホヤのピアノなんて!!


嬉しかったのは「弾いてみて思った事をご自分の言葉で話して下さい」と言って下さった事。

ここが特徴なので褒めて下さいなんて、全くなし!

どう思ったかを率直に言ってほしいと言われた。


そして率直な感想・・・驚いた。

すごく完成度の高いピアノだった。

響きがあってタッチが深くて、これで練習していたらグランドピアノにすんなり移行できるな。


なにしろ広いホールでアップライトで弾く経験は多分最初で最後。

音が届くのかとすごく心配したが、大丈夫だったようだ。

普段のコンサートと随分様子が違って戸惑いもあったが、初めての経験を楽しんだな。


最近は練習していて新しい弾き方を思いつく事が多い。

よし!と思うのだが、それではまだだめ。

その新しい感覚を体に覚え込ませる作業が不可欠。

あたかも新しい回路を脳の中に作り出すような感じ。

目標はとにかく「音楽と体を融合させる」こと。

融合なんていうと難しそうだが、音楽の持つ動きが一番自然な体の動きで指先まで伝わって行く事。

う~ん、言葉にすると難しいな。

でも、とにかく余計な力をいれずに、一番自然な体の使い方で最大の力を出す!


こんなことばっかり考えながら練習する毎日。

3月も半ばを過ぎたぞ。



一年がたった。

| コメント(0)

3.11から一年たった。

この一年は多くの音楽家が自分が音楽をやっている意味あるいは無力感のようなものを考えたと思う。

もしかしたら「表現」という仕事に関わっている人達は皆、考えたかもしてない。

表現というのは生きるか死ぬかの時には存在しないかもしれないものだからだ。


テレビでは特集が組まれ、どのシーンを見ても涙が出て来た。

揺れただけで被害をほとんど受けなかった私がこんなに涙が出るなんてという想いもあった。

ご家族の誰かが亡くなった方の話を聞きながら、こんな想いをした人がいったい何人いるのだろうと思った。

そして福島の酪農家の方達の話には胸を締め付けられた。

こんなに惨い事があるのか、自分の仕事を、これまでの人生を否定されるかのごとく、

子供のように育てて来た家畜を殺し、仕事を失って行く人々。

未だ解決策も未来も見えずに苦しむ人々。

改めて一年たってもはっきりとした方向を見せない政府に怒りが込み上げてくる。

一年前に辛い決断を下すべきではなかったのかと思う。


私などはただのピアニストで何も大それた事は出来ないけれど、

忘れない事、伝える事、そして怒る事、声にして反対する事は人生をかけてやっていこうと思っている。


自分の生きている間にこんなことが起こるなんてと思ったこともあったが、

それもひっくるめての私の人生なのだと思う。


日常にまみれて生きていると気がつかないことが多い。

忘れてしまっていることが多い。

そんな中で、何が大切か、何を信じるか、何を思って生きるかを考えさせてくれた。


前日の3月10日に世田谷区主催の追悼式でカッチーニのアヴェマリアを演奏した。

黙祷の後、会場の空気がすうっときれいになり、ピアノの音がその空気の中を響いていく。

その時、確信したのだ。「音楽には力がある」

音楽は何も言わなくても人々の心にすうっと入って行く。

皆、別々の思いを抱えていたり、別々の状況の中にいたり、別々の経験をしてきていても、

音楽は必ず心に入っていくのだ。


また、一日一日、大切に生きていこう。

そしてやり残す事のないように、やるべきことをやっていこう。

大切に思う事をやっていこう。

音楽の使者として生きよう。




「自由」な演奏とは??

| コメント(0)

自由って何か??


この「自由」っていう言葉を考えまくっているこの2月。

性格に言うと1月と2月ってところだ。


チェロの倉田澄子先生から伺った話なのだが、小澤征爾さんが若手チェリストの宮田大くんに

「もっと自由に。もっと自由に!」と何度も何度も言ったそうだ。

そのアドヴァイスを受け、宮田くんは考え、勇気をもって素晴らしい演奏をしたらしい。

その演奏を聞けなかったのが本当に残念だが、その話を聞いてからというもの「自由」というのが頭から離れない。


「自由に!」と言われて、まずやってしまうのは簡単に崩してしまうこと!

音楽には型があって、それを知らずに自由に崩してしまうのは型なしである(この言葉は玉三郎さんのパクリなのだが・・)

ならばどうすればいいのか。

もちろん、こんな難しい質問に簡単に答えが出るはずはない。


でも、一つ思うのは深いってことではないか?

深い思い。クレッシェンドや転調やメロディーを深く思ってやりきる。

その「思い」が強ければ強いほど自由に近づく。

テクニックがないと(表現の引き出しが少ないと)その「思い」を間違ったやり方で表してしまう。

そうすると「型なし」である。


例えば、アレグロ。アレグロの表示に「生き生きと」という意味があるのは知っている。

でも、心の底から生き生きと感じて弾いているか?

早い音の羅列にならずに、一つ一つの音が次の音へむかっているか。

音楽は全ての要素が関連ずけられていなければいけない。

その深い思いが一瞬も途切れる事なく、そして型の中の一番ぎりぎりの大きなところで

やりきるのが自由への第一歩な気がする。


全てのものから解き放たれて、自分の思いを曲に寄り添いって、心の底から自由に演奏する。


今の私の大きな大きな目標だ。

今年一年かけてこの「自由」を追求しようと思う。



2年ぶりのピアノサロン八千代店

| コメント(0)

2年ぶりの島村楽器ピアノサロン八千代店でのコンサートだった。

到着するなり懐かしい顔に会う喜び!

店長の那須さんはじめ、田中さんや調律師の方々、久しぶりに会う八千代店の皆さんはとても暖かい。

そしてその皆さんの暖かさがお店の明るい雰囲気を作り出している。


今回はディアパソンコンサートなのでピアノはディアパソン500。

非常にコントロールしやすく、タッチのダイレクトスポットがわかりやすい。

ダイレクトスポットという言葉があるのかどうかわからないが、

ピンポイントで音につながるタッチがわかりやすいという意味だ。


今回のメインはシューベルトの即興曲。

このシューベルトは本当に弾いても弾いても興味がつきない。

この曲だけを一生勉強しなきゃいけない状態になったとしても楽しい人生が送れる気がする。

本当にすごい曲だ。


今回もこのシューベルトに寄り添って演奏すべく集中して臨んだ。

きっとお客様にも同じような集中をしいたのだと思うが、皆さんシューベルトの旅を一緒に行けたのではないだろうか。


もっと呼吸を深くしなければとか、左手の表情をもっと掘り下げなきゃとか、

個人的には反省点はたくさん。また一つ一つクリヤしていくべく練習しよう。


ここピアノサロン八千代店の楽しさの一つはなんといっても豊富なピアノだ。

ずら~~っとピアノが置いてある。

そしてコンサート後にはピアノ弾き比べ(聞き比べ)があり、

私がスタインウェイ、ボストン、ヤマハ、ディアパソンと一台ずつ弾き、

皆さんにその音の違いを聞いていただく。これは結構楽しい。

もちろん私はタッチも違うので、一台一台の性格の差がはっきりわかるのだが、

耳だけでその差を楽しむのは高級な遊びだと思う。

そしてその後で、皆、思い思いに弾きながら音の違い、タッチの違い、などを体験する。

ピアノって全部違うんだなと思ってもらえればそれで大成功だと思う。


そして2月も半ば。

明日は群馬でのアンサンブル。

それが終わると受験シーズン。

この寒さを味わいながら、今日もまたピアノと共に生活している。



CD情報

諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」

2010年1月25日発売。
諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」イメージ
ショパン:ノクターン No.1Op.9-1 No.4 Op.15-1 遺作 マズルカ No.32 Op.50-3 モーツァルト:ピアノソナタ第13番 B-dur K.333 ドビュッシー:アラベスク 版画 月の光
WWCC-7633 ¥2,625(税込)


Profile


諸田由里子 Yuriko Morota
ピアニスト Pianist

●ホームページはこちら

2012年5月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のコメント